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日南市

九州宮崎県

 

♦都井岬路上近くの馬

♦都井岬から眺めた周辺の海岸風景

♦然記念物の周辺の海岸風景

♦白蛇様が祭られている白蛇神社

幸島

日南海岸

 

御先馬の由来

御先馬

御先馬は長野県の木曽馬や北海道の道産子などとともに日本在来馬と言われ、今から2000年も前の縄文時代から弥生時代中期にかけて中国大陸から導入された馬がその起源といわれています。

古くから馬の生産は盛んに行われ、大化の改新でも馬の生産や管理に関する政策は重要な柱の一つとされ、日本各地に多数の官営の牧場が作られています。特に鎌倉時代以降の武士の時代には軍馬として重要な役割を果たし、また牛とともに農業や輸送に不可欠の家畜であったために幕府直営や藩直営あるいは民営の牧場が盛んに作られた。

高鍋藩秋月家は、江戸時代の元録10年(1697年)に日本書紀の中に歌にも詠まれた日向の駒を集めて、今日の串間市を中心に7ヶ所の藩営牧場を作り軍馬や農耕馬の生産に励んだ。この7枚の1つ都井村御崎牧場である。以来この牧場で生産される馬が御崎馬(岬馬)と呼ばれるようになった。

御崎馬は牧場開設当初から、ほとんど人手を加えない粗放な管理しか行われず、廃藩後の 明治7年、都井4組及び宮の浦を一団とする御崎牧組合の共有牧場となった後も、その粗放な飼い方が続けられた。そのため御崎馬の風貌や習性あるいは体形や資質は野生状態を思わせる。これが「都井の野生馬」と言われる所以である。昭和28年には「自然におけるに日本に特有の家畜」として国の天然自然記念物にしていされている。

御崎馬の社会

野生状態で生活する馬はだいたい「ハーレム」を作って生活している。これは1頭の種雄馬に数頭の雌馬及びその子馬で構成された群れで、父親と母親と子供という家族群です。しかし、子馬は1~2歳、少なくても3歳までには生まれた群れを離れ、雌子馬は別のハーレムに入るか若い種雄馬と新しいハーレムを作ります。雄子馬はハーレムを持てない雄馬だけの群れに入り、自分のハーレムを作るチャンスを待ちます。繁殖シーズンの4~6月には若い雄馬との争いが絶えない。ハーレム内の種雄馬と雌馬の配偶関係は非常に安定していて、どちらかが死ぬまで続くこともある。 1997年5~7月現在13頭の種雄馬がそれぞれ5~10頭のハーレムを作特徴っている。

御崎馬の特徴

御崎馬には2つの大きな特徴はあります。その一つは、日本古来の日本在来馬としての特徴です。日本在来馬は、体格、体形の類似や考古学的調査から中国の蒙古がそのルーツと言われています。御崎馬と蒙古馬を比較すると、両者とも体高が130cm内外で、体重も300kg前後です。また未改良馬の毛色の特徴である背中の鰻線や河原毛も共通している。御崎馬に見られる粗大な楔型の頭部、よく発達した顎骨、水平な頚、斜尻(編笠尻)、短かい丈夫でしなやかな四股などの特徴は典型的な日本古来の馬です。 過去300年にわたり激しい自然の中での生活から生まれた御崎馬特有の野性的な生態である。飼馬や動物園の馬では全く見られない習性や行動を多数持っている。前述のようにハーレムを作って繁殖し、季節毎に最適の場所へ移動し、その過程で子馬は色々なことを学びます。草地の急斜面に見られる縞模様は、御崎馬の体格に最も適した採食のための馬道です。この道に沿って歩くことによって斜面の草は効率良く採食できます。