環境エコロジー

日南市の情緒的町づくりを支援するサイト

日南市

九州宮崎県

自然を守る神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吾田神社 あがた(旧村社)

神社は江戸時代に確立され行政の基盤となったが、平安時代、平安時代以前から自然崇拝として崇められていた

祭神:)

手研耳命(たぎしみみのみこと) 

天穂日命(あめのは)

鎮座地:日南市大宇戸高八七九番地

例祭日:十一月十五日

社殿:

本殿(神明造)九・〇六坪

拝殿(神明造) 一五坪

境内坪数:一、三六〇坪

創立年月日:和銅元年(七〇八)戊申

由緒沿革:

創建後幾度か改築が重ねられ、天正十七年一五八九)飫肥藩初代藩主伊東祐兵が再興、社領十二石五斗の寄進が続けられ、飲肥藩十二社の内二社、吾田神社、田ノロ神社、ともに崇敬篤かった。『日向地名録』によると、田ノロ大明神、一名火焼ノ宮と称し、本社の東

北の田の中にあったものを明治五年合祀した。

また、手研耳命は、神武天皇と吾平津媛命の崎におられたころは、平山の駒宮あたりに住まわれたので、駒宮辺りを別府、宮崎を新別府と称した。手研耳命が亡くなられると、吾田の小埼に葬り、その小埼は、今の神社の下を、昔から小埼といっており、宮の上の古墳とみるべき地があるのを手研耳命御陵としている。(飫肥伝説録)

明治四十年二月、神○幣吊料を供進すべき神社に指定される。

昭和九年神武天皇御東遷二千六百年祭に際し、神殿、拝殿ともに改築して宮崎県奉賛会から顕彰され、昭和十五年には、県奉賛会が「神武天皇巡幸伝説地吾田」の石碑を献納、神武天皇御東遷二先ダチ宮崎ノ宮ヨリ妃吾平津媛命及皇子達ヲ随へ妃ノ御出生地タル此ノ地二至り暫ク御駐肇アラセシト伝フ」と刻されている。

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

境内内には大木が並んでいる。

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

杉の木の大木も多数あったが写真正面左の大木が印象的であった。

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

高床式づくり

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)

吾田神社 あがた(旧村社)