環境エコロジー

日南市の情緒的町づくりを支援するサイト

日南市

九州宮崎県

自然を守る神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日南市の神社

駒宮神社 こまみや(旧村社)

祭神:神武天皇(じんむてんのう)

鎮座地:日南市大字平山一〇九五番地

例祭日:十一月十七日

社殿:本殿(流破風造) 三坪

拝殿(千鳥破風造)二五坪

境内坪数:六六八坪

創立年月日:文武天皇元年(六九七)丁酉年

と伝える

由緒沿革:

『日向地誌』は「文武天皇の大化元乙未創建、神武天皇を祭る」としているが、元禄二年(一六八九)、鉄肥藩主伊東祐実が再興したときの札が正しいとして、『県史肪調査第六輯』では、丁酉説を是としている。旧称を駒宮大明神といい、神武天皇の幼少時の少宮址として伝えられ、「駒宮大明神縁起」によると、弘治二年(一五五六)六月には駒宮領二町、足洗田一町を御供田として有し、ほか屋敷一カ所を所有していた。往古は、相当な大社であり、神宮寺という寺跡があり、神社の別当寺だったかも知れないが、安政初年の広渡川の氾濫で水没、また入田原に大馬場があって流鏑馬神事で賑わったという。(『日向地誌』)鵜戸神宮の縁起に関連して、「駒宮あり、龍石という龍馬を祭る。天皇御幼輝の時、吾平山に住み賜ひけるが、折々鵜戸に適ひ給ひし時の船紫の松(駒繋松)、草履石、駒足形石などがあり、土地の人が尊崇す」という(『日向国神○史料』)。また天皇が鵜戸方面に向われるとき、愛馬龍石を草原に放たれたという立石(当社より約四㌔)はその後牧場となり、藩政時代は牧奉行が置かれ、その駒迫には必ずを引下し、駒宮に参る習いから、例祭には各地から着飾った馬が集まり、シャンシャン馬もこれに始まり、馬踊りも奉納されたという。明治四十三年の日州新聞には、数多くの馬がお参りしたことを伝えている。

棟札によると、元禄の再興は正保年間の炎上によるもので、その後宝永三年(一七〇六)十一月拝殿、宝麿十三年(一七六三)九月に造営が行われ、伊東家からは神領三石のほか領主参拝の都度、銀二両が奉納されている。

明治維新に際し、平山神社となったが、のち駒宮神社と改められた。明治四十年二月、神○○○料を供進すべき神社に指定された。

昭和九年の神武天皇御東遷二千六百年には少宮址として、全国奉賛会から顕彰され、本殿の修理と境内を拡張整備した。同十五年の紀元二千六百年祭には、県奉祝会の顕彰と地元氏子崇敬者の浄財で、本殿の修理をはじめ祝詞殿、拝殿などの大改修をおこない荘厳さを加えた。

伝説地には、さきにあげたほか、天皇の御鉾を大岩の下に埋めたという御鉾の窟、御手洗池、天皇に煮花(はぜばな)を差上げたという別府、天皇の井戸などがある。

特殊神事には、旧暦二月九日、煮花祭がある。菓子代りに餅籾を煎ったものを差上げた事が続けられ、神事となったという。材料の餅籾を祭典に供え、祭典終了後、持ち帰って焙格で煎り、半分は神社に供え、半分は家内安全を唱えて家族一同がいただく。

祭りは五穀豊穣の祈年祭で、祝詞奏上などの後、煮花祭の神歌を歌った後、三方の粗を神前にまき、その後鍬代りの叉木で地割をし、苗(草を代用)を植える。