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日南市

九州宮崎県

自然を守る神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日南市の神社

 

宮浦神社 みやうら(旧村社))

祭神:玉依姫命(たまよりひめのみこと)

鎮座地:日両市大字宮浦六八八番地

祭日:旧暦十月十日

社殿:本殿(入母屋造) 六坪

拝殿(入母屋造)一〇・五坪

境内坪数:六〇八坪

創立年月日:不詳

由緒沿革:

 

創建の年月ははっきりしないが、社伝によると、玉依姫ご住居の跡に社殿を立つとあり、桓武天皇の延暦年間に再興すという。永禄三年(一五六〇)に伊東三位入道義柘が社殿を造営したが、その後寛永三年(一六二六)に東祐慶(飲肥二十代藩主)が再興し、文化九年(一八一二)三月、伊東祐民(同二十九代)が、本殿ならびに拝殿の総修繕をした。

藩政中は社禄五石を寄進されていた。玉依姫大明神と称して来たが、明治維新に際し、玉依姫神社と改称、一度鵜戸神社に合祀されたが、明治七年に復社、現社名となり、社殿の改造も行われた。更に、明治四十年二月、神○幣○料を供進すべき神社に指定された。中古以来、ここに鵜戸山仁王護国寺の末寺である弥○院が置かれ、当社と玉依姫御陵伝説地を管理してきたが、のち弥勤院は仁王護国寺内の脇坊となった。玉依姫は、鵜戸神宮 の祭神○○草茸不合尊の母君、豊玉姫命が海に帰られたので、代って育てられた叔母で、のち、茸不合尊の皇妃となられた。神武天皇ほか四柱の母君で、御陵跡は当社の南、七、八丁の田の中に円形の岡が、前方後門の前方がやや崩れた形で残っている。この地の革を牛馬に食わせると、たちまち腹痛を起こすとして土地の人は恐れて近づかないという。柘の『飫肥紀行』に「里人に間はすはいざや白波の玉依姫の宮の浦とは」 の一首が残されており、古来、山越えの時代から、安産祈願に、参詣するものが多く、とくに毎月午の日に参るのが古い慣わしである。

 

神社明細帳によると境内末社、祭神稲氷命、由緒不詳とある。