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日南市

九州宮崎県

自然を守る神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日南市の神社

 

榎原神社 よわら(旧県社) 

祭神:

天照大神(あまてらすおおみかみ) 

天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと) 

彦火○○杵命(ひこほににぎのみこと) 

彦火火出見命(ひこほほでみのみこと) 

鵜○草茸不合命(うがやふきあえずのみこと) 

神日本磐余彦命(かむやまといはれひこのみこと)

配祀

天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと) 

国常立命(くにのとこたちのみこと)

国狭槌命(くにさづちのみこと) 

大己貴命(おおなむちのみこと) 

下照昆(したてるひ)

売命(めのみこと) 

伊○諾命(いざなきのみこと) 

伊○再命(いざなみのみこと)

奥津彦命(おくつひこのみこと) 

奥津毘売命(おくつひめのみこと) 

経津主命(ふつぬしのみこと)

菊埋毘売命(くくりひめのみこと)

健御名方命

鎮座地:南那珂郡南郷町大字榎原甲一一三四番地イ号

例祭日:十一月九日

社殿:本殿(八ツ棟造)四三坪

境内坪数:四、七〇〇坪

創立年月日:万治元年(一六五八)十二月二十三日

由緒沿革

旧称は榎原大権現といい、飫肥三代藩主伊東祐久が鵜戸神宮のご分霊を勧請、地福寺境内を社地として創建した。鵜戸神宮とともに飫肥の御両社として、篤く崇敬された。社領ははじめ百石であったが、文化五年(一八〇八)、十一代藩主伊東祐民が百五十石に加増した。鵜戸参りと並んで榎原参りが近郷の信を集めていた。明治元年、榎原神社と改称、同六年郷社に列せられ、昭和五年八月一日県社に昇格された。

当社の別当寺を貴雲山地福寺といい、鵜戸山仁王護国寺の末の真言宗に属していたが、明治五年廃寺となった。摂社桜井神社は、当社の神女だった内田萬寿姫の霊を祀り、寛政十年(一七九八) に建立された。寿法院内田萬寿姫は、元和六年(一六二〇)秋月領大束村外行(現串間市) に生れ、幼時より神典を崇敬すること厚く、寛永十七年(一六ハ四〇)、齢二十一のとき鵜戸山に参範、学ばざるに神典を講じ、仏書を解き、また歌道、書道に達し、しばしば奇蹟を表わすので、神女といわれていた。明暦二年(一六五ハ)藩主伊東祐久に、鵜戸の神霊を迎えて、東西に奉斎すべきと説いたので、万治元年(一六五八)に建立することになったという。寿法院自ら神社に奉仕して寛文十年(一六七〇)五十一歳で逝った。これまでの当社創建についての研究によると、万治元年(一六五八)の勧請説で固まっているが、『県史蹄調査第六輯』では、当社縁起によると「明暦二丙申年(一六五六)十一月二十七日大和守祐久公供伊東勘解由参詣於榎原別当真誉(鵜戸山別当)同参也」とあり、創建年月は不詳にしても再興説が有力としており、『日向地誌』も再興説をとっている。

境内摂社には、内田萬寿姫を祭る桜井神社(入母屋造の寛政十年-一七九八-建立)に、末社霊社、祭神内田萬寿姫(寛文十年-一六

七〇-建立)同住吉神社、祭神底筒男命、中筒男命、上筒男命、同天満神社、祭神菅原道真(文化五年-一八〇八~六月建立)がある。

天保十三年(一八四二)建立という鐘楼は、県下では珍しい袴腰付鐘楼で、高さ十一・四㍍、下の切り石四段積みの基増の上の袴腰の安定感と、軒の出の深い屋根との対照が美しい。入母屋造重層の山門(文化十三年-一八一六-建立)があり、本殿、石の間、拝殿が連結された社殿(権現造りともいう)と鐘楼の二つがともに県の文化財に指定されている。

宝物として僧空海筆と伝える経文一巻(日下部氏郡司萬兵術寄進)と径一尺一寸八分、重量一貫六百匁、紐座に「湖洲醇文甫自造」の銘、繍洲三田領主九鬼隆邑室寄進の鏡一面がある。

例祭には四頭獅子舞が奉納されるが、昔から有名なのは、寛文十年(一六七〇)三月十六日、萬寿姫遷化の日を縁に行われるようになった三月十五、十六日の縁日大祭で、男女交際の厳しかった時代から、この大祭のときは自由で、近郊近在から若き男女が祭り参加に意気込んだという。境内には樹齢五百年を越えて固く結ばれあった夫婦杉に、それを上回る樹齢の夫婦柄があり、縁結びの願をこめた契りの紙札が、今でも、たくさんおかれ後をたたない。この祭りは、十五日午後六時から始まる宵祭りが賑やかで、三番の神楽が奉納されたあとの嫁女舞(よめじよまい)が舞われるころ、祭りは最高潮に達し、昔は、終夜の行事で、門前町には、出店、見世物で賑わったという。嫁女舞は女は姉さんかぶりに赤おこし、セキナモン(箕)を持ち、男は白衣に袴、セキ(木造りの男性器)を持って舞い狂うが、全国に残る性神信仰が、男女和合だけでなく、稲作を始め作物の豊穣祈願をこめているのと同じ起源で続けられているものであろう。なお、六十年五月、境内の横を、神社外苑として整備し、つつじ、桜に囲まれた広場に自動車二百台が収容できる駐車場が完成した。

国道沿いの1番目の鳥居がある。

榎原神社

真言宗のなごりじょやの鐘が鳴らされる。

鳥居を入った後、後方の写真

本殿のバックには

樹齢600年の夫婦楠木がそびえ立つ左側が夫(樹齢600年)右は妻

夫婦楠木の夫(樹齢600年)

夫婦楠木の妻

夫婦楠木の妻

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夫婦楠木

本殿

本殿の右側にある御神籤売り場和尚さんが早朝から庭掃除

本殿

本殿の後方から撮影

和尚さんお宿舎、高床式、木造建築が趣深い

本殿の左側の様子、現在私有地

初詣用の駐車場

初詣用の駐車場

台風で倒れた杉の木

本殿の正面に樹齢300年の杉の木があったが、台風で倒れた。現在、休憩所に展示!