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日南市

九州宮崎県

自然を守る神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日南市の神社

八幡神社 はちまん(旧無格社)

祭神:薬丸湖雲(やくまるこうん)

鎮座地:南那珂郡南郷町大字脇本千種ケ久保三五四四番地

例祭日:六月十六日

社殿:本殿(入母屋造)一坪

拝殿(入母屋造) 六坪

境内坪数:六〇坪

創立年月日:不詳

由緒沿革:

『県史○調査第六輯』 によると、岡の城墟のくだりに、谷之口と脇山との界の山嶺にあり、湖雲が城ともいうとし、櫛間城主だった肝付省釣が、一時島津氏に降ったが、なおも恢肥藩との仲を疑われていたので、飫肥に在城していた伊東祐兵、佐土原にいた義祐に、偽りの戦いを持ちかけた。伊東側の承諾を得て、天正四年(一五七六) 六月岡の城から大将薬丸以下肝付兵が津屋野に出動した。肝付側は、無鉄矢、空砲で撃ちかけたが、飫肥側は、急だった為に命令がまだ伝わっておらず、真の矢銃で戦ったため、肝付側は大将以下、三百余人が戦死した。その後、薬丸孤雲(島

津国史によると孤)の遺体は、城の真下の金連寺に葬った。その金連寺跡に墓が残っており、寺跡に薬丸以下の戦死をあわれみ、神社を造営、祭り始めたものという。副将だった十九歳の若武者安楽下総介の墓は同町津屋野の久保田にあり、「安楽さま」と呼び土地の人が慰霊のために建てたという。

薬丸ほか三百余人が戦死したのは、六月十五日(島津側の記録によると冬十月)で、例祭はその翌日で、この偽戦の姿をあらわす白太鼓踊りが、慰霊のため奉納される。太鼓を前にかかえ、背に旗指物を負う伝統の踊りが、長い間受け継がれている。