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中国の恐竜化石はすごい

史上最大の恐竜発掘―カナダ・中国共同プロジェクトの成果 (新潮文庫)

熱河生物群化石図譜―羽毛恐竜の時代


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<羽毛恐竜>中国で新種化石発見 

最小、全長30センチ

毎日新聞 1月23日(水)1時0分配信

中国遼寧省で化石が見つかった羽毛恐竜の想像図=IRSNB-KBIN・p.Golinvaux氏提供

中国遼寧省にあるジュラ紀の地層(約1億6300万年前)から、新種の小型羽毛恐竜の化石が見つかったと、ベルギー王立自然史博物館などの研究チームが22日付の英科学誌ネイチャーコミュニケーションズ(電子版)に発表した。これまで確認されている羽毛恐竜の中では最小とみられる。

多くの羽毛恐竜はジュラ紀より後の白亜紀(1億4500万~6550万年前)に多く確認されている。チームは、より古い年代の地層から見つかった、四肢と尾に羽毛を持つこの恐竜を「エオシノプテリクス(暁の中国の翼)」と名付けた。

化石の全長は約30センチで、足首の関節が完成していたことからおとなの恐竜と考えられる。これまで知られている羽毛恐竜のうち最小のものは全長約50センチで、エオシノプテリクスはそれより小型だ。また、近い種類の恐竜に比べて後ろ脚や尾の羽毛が少なく、鳥のように飛ぶより地面を走るのに適した姿という。

真鍋真・国立科学博物館研究主幹は「骨格が似ていても羽毛の発達度合いが異なることから、羽毛恐竜の羽毛は保温や滑空の目的より、見た目で重要な働きをしていたのかもしれない」と話している。

国最大級の恐竜の化石か=体長35メートル、新疆で発見

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国最大級の恐竜の化石か=体長35メートル、新疆で発見

新華社電によると、中国新疆ウイグル自治区トルファン地区の約1億6000万年前の地層から、中国最大級の恐竜の化石が大量に発見された。大腿(だいたい)骨だけで2メートルを超え、体長35メートル、体重約30トンに達するとみられる。

吉林大学(吉林省)などの調査チームによれば、中国でこれまで発見されたジュラ紀の大型恐竜としては、四川省のマメンチサウルスなどが知られ今回発見されたものはこれらと同様に長い首を特徴とする竜脚類に属するとみられる。従来発見された恐竜は体長30メートル以下とされてきた。 

時事通信 4月16日

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全長9メートルの羽毛恐竜 中国・遼寧省

中国・遼寧省の白亜紀前期(約1億2000万年前)の地層から、羽毛に覆われた新種の恐竜の化石を、中国科学院のチームが発見、5日付の英科学誌ネイチャーに発表した。全長は9メートルと推定され、これまで見つかった羽毛恐竜で最大。大型恐竜も羽毛を持つことが初めて明らかになり、恐竜の新たな生態解明につながりそうだ。

化石は3体。このうち最も大きかったのが全長9メートル、体重1.4トンと推定された。残りの2体は成長の途中だったとみられる。

鼻にトサカのような突起があり、化石の尾や首、上腕部に羽毛があった。羽毛は単純な繊維状で、長いものは15センチ以上あったらしい。チームは体の特徴から大型肉食恐竜ティラノサウルスの仲間に分類される新種と分析。「美しい羽毛を持つ王」という意味の「ユウティラヌス・フアリ」と名付けた。

これまで見つかった羽毛恐竜は、最も大きいものでも全長2メートル程度だった。白亜紀前期に中国にいたティラノサウルス類に羽毛が確認されているが、全長は1.8メートルだった。

体が大きいほど体温は下がりにくく、断熱効果がある羽毛を持つと体温調節が難しくなるので、大型恐竜は羽毛を持たない可能性が指摘されていた。真鍋真・国立科学博物館研究主幹は「体の大きさに関係なく羽毛を持つ恐竜が広く繁栄していたことが分かった」と話す。

毎日新聞 4月5日

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中国は、中生代のすべての時代の地層が切れ目なく見つかる、世界でも珍しい国のひとつであり、状態のよい化石が大量に産出されるため、恐竜の系統研究において、きわめて重要な地位めています。

しかし、中国の恐竜学は、恐竜学史のなかで、遅いスタートを切りました。少なくとも1920年代まで、中国の恐竜研究は、ほぼすべて外国人の手によって行われていたのです。

記録に残る中国最初の恐竜化石発掘のきっかけは、1902年に黒竜江(アムール川)流域のロシアの植民地監督、マナキン大佐によってもたらされました。彼は、黒竜江付近の漁民から巨大な動物の化石骨を入手しました。その報告にもとづいて現地に向かったロシアの地質学者ベンガルテンは、現在の黒竜江省・嘉蔭において恐竜化石のボーンベッドを発見しました。この化石層は1917年に発掘され、1925年、そのなかからカモハシ竜マンチュロサウルスが記載されました。これが、史上初の中国における恐竜化石発掘とされています。

1913年から15年にかけ、アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校の地質学者ローダーバックが、現在の四川省の地質調査を行い、栄県(現自貴市栄県)において肉食恐竜の大腿骨の一部と菌の化石を発見しました。ただし、これが公式に報告されたのは1935年のことです。

また、アメリカ自然史博物館は、1919年から中央アジアでの発掘のための予備調査を開始し、1922年、最初の本格的な調査のため、有名なアンドリュース探検隊が北京からモンゴルへ向かいました。このとき、中国・内モンゴル自治区のエレン・タブスで行われた発掘調査で、アレクトロサウルス、バクトロサウルスなど、多くの恐竜化石が採集されました。さらに、1920年代から30年代にかけ、いくつもの探検隊が中国に入ります。1923年、オーストリアの古生物学者オットー・ズダンスキ-が山東省蒙蔭県で竜脚類ユーへロブスを発掘し、1927-31年のスウェーデン・中国合同調査隊は、内モンゴル自治区と新彊ウイグル自治区で、ミクロケラトブス、へイシャンサウルスなどを発 見しました。

そして、このころには、中国国内でも第一世代の恐竜研究者が1922年、中国の地質学者、渾錫疇は、スウェーデンのグンナール・アンデルセンと共に、山東省莱陽県においてハドロサウルス類の部分骨格化石を発見し、これは、1929年にカール・ワイマンによってタニウスと記載され、中国人の発見した最初の恐竜となりました。

続いて登場したのが、中国恐竜学の父と呼ばれる楊鐘健です。

彼はドイツに留学して本格的に古生物学を学び、1928年に帰国後、1931年のフランスの調査隊にも参加し、理論と実践双方で体系的に古生物学を身につけました。1930年代には、研究対象を恐竜に絞り、中国南西部の四川省、雲南省を中心に調査を進めるとともに、後進の育成にも努めました。

1938年、楊に雲南での発掘を勧められた地質学者の下美年らは、雲両省禄豊(ルーフオン)で古竜脚類のほぼ完全な骨格を発見、これは1941年、ルーフェンゴサウルスの名で楊によって記載され、中国で初めて全身骨格が組み立てられた恐となりました。これを記念して、1958年にルーフェンゴサウルスの切手が恐竜を使ったものとしては世界で初めてつくられました。こののち、第二次世界大戦と中華人民共和国の成立をした。

こののち、第二次世界大戦と中華人民共和国の成立をはさみ、1950年代から60年代にかけて、中国各地で恐竜発見が続きまし た。

1950年には山東省莱陽県でカモハシ竜チンタオサウルスが、1952年には四川省馬門渓で竜脚類マメンキサウルス、1957年には四川省で恐竜発見が続きました。1950年には山東省莱陽県でカモハシ竜チンタオサウルスが、1952年には四川省馬門渓で竜脚類マメンキサウルス、1957年には四川省合川で同じくマメンキサウルス、1964年には山東省諸城県でカモハシ竜 シャントウンゴサウルスと、中国を代表する有名な恐竜がこの時期に見つかっています。

楊鐘健の教え子である董枝明は、当時から頭角を現していましたが、文化大革命による混乱期を過ぎた1970年代以降、中国の恐竜学をリードする存在となりました。そして、このころから中国で発掘される恐竜化石は質量共に、飛躍的に向上していきます。

1974年、河南省西峡盆地で、おそらく数十万個に達する多様な恐竜の卵化石が発見され、恐竜の卵の研究は長足の進歩をとげました。

1979年、四川省自責市大山鋪で、道路工事現場から大量の恐竜化石が出現し、現在その現場は、諌-ンベッドをそのまま建物でおおった博物館(館名・自頁恐竜博物館)となっています。

そして1992年、遼寧省朝陽県四合屯で、前期白亜紀の火山灰層から膨大な数の鳥類と羽毛恐竜の化石が発見され、世界の恐竜研究者を驚愕させました。

中国の恐竜化石が、恐竜の研究史をさらに進化させる可能性はきわめて高いといえるでしょう。