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現在、小・中学校で行われている道徳の時間は1958年に特設され、週に最低1時間の道徳時間を設けることを必須としており、道徳の時間は教科として扱われず、他の教科のような成績点をつけて評価してはいけないとした。その後、道徳教科の充実と徹底を促進するために、学習指導要領が改定されてきた。

しかし、道徳教育は学校だけでは解決するものではなく、乳幼児の生育期間の家族環境の影響が最も大きく大切である。また、学校教育での道徳教育の領域は学校教育だけにとどまらず、家庭から地域社会まで幅広く多岐にかかわることでもあり、ひとつの固有の教材として取り扱うことは非常に難しいと考える。前述などにより、道徳の特設が具体的に進むにつれ、現場での教師・教育関係者・有識者たちから色々な課題・問題点などの指摘や批判がなされていた。道徳は人間の心(内面性)にかかわっており、心に内在しているもので各々の教師側や児童・生徒側からも、個人個人の異なった多種多様な価値観を伴う。この価値観を左右することにつながる道徳教育を公共教育機関が教授することは、憲法(教育基本法)による中立性を担保に出来るか否かの危険性が危惧される。また、道徳は質(内容・プロセス・動機・創造性・発想力など)が重要であり、他の教科と差別化(独立性)の問題、そして道徳時間の設定によって他の教科の授業内容、及び方法に大きな影響を与えることが指摘されている。そして特設道徳の実施特設道徳の内容が当初から学校教育の教育課程の中に明確になっておらず、不透明のままはしり出しており、教育現場での教師の負担や道徳教育の方向性の不安が指摘されている。

学習指導要領に道徳が特設された1958年以降、教育課程の名称を「教科課程」から「教育課程」へと改められ、この改名が学校教育の構造の根本に甚大な影響を与える可能性が心配されていた。これは、特設の道徳教育が「教科」でも「特別教育活動」のいずれにも属さない、今までにない不透明な独自の教育領域として位置づけられる。この不透明な独自の領域は文部科学省の道徳の特設根拠からみると次のように捉えている(小学校・中学校における道徳の実施要領から引用)。「学校における道徳教育は、本来学校の教育活動全体を通じて行うことを基本とする。従来も、社会科をはじめ各教科との他教育活動の全体を通して行ってきたのであるが、広くその実情をみると、必ずしも十分な効果をあげているとはいえない。このような現状を反省して、不十分な面を補い、更にその徹底を図るために新たに道徳の時間を設ける」としている。この学校教育全体を対象にした道徳教育は、社会科などの他の各教科が個々に道徳教育の役割に直接に携わり、各教科の教育内容に絡む複雑な要因を含んでいる。

文部科学省は特設道徳と教科、他の教科諸活動における道徳との関係については以下のように捉えている。「道徳の時間は、児童・生徒が道徳教育の目標である道徳性を自覚できるように計画性のある指導の機会を与えようとするものである。すなわち、他の教育活動における道徳指導と密接な関連を保ちながら、これを補充して深化し、または統合して、児童・生徒に望ましい道徳的習慣・心情・判断力を養い社会における個人のあり方についての自覚を全体的に深め、道徳的実践の向上をはかる」。このことを踏まえると、特設道徳は他の全ての教育活動に道徳内容が含まれている。特設道徳が他の教育諸活動の中に道徳教育の内容を包括しながら相互に関連し、独自の存在を示しており、他の教科と全く異なった位置づけになっている。

道徳の時間は他の教科での道徳教育の一面をカバーしながら内容を深め、単に生活事象面の対する指導から一歩進んで道徳時間に対する児童の感じ方や考え方に踏み込みことになり、道徳教育の画一化が課題・問題点として挙げられる。また、このことは学習活動と連続的に統一されることが目標とされていた。学習指導と生活指導の間に特設道徳を介入させることになり、学習指導と生活指導の距離が不安定になってしまい子どもの自主性の選択が狭くなり、創造性の欠如などが危惧される。

戦後の生活指導の発展プロセスを見ると、戦前の反省を基に民主主義や新教育を掲げながら取り組みがなされてきた。これは子どもの集団への教育的接近の立場と方法の脱却とともに、今後、あるべき民主主義教育の模索過程であるとされる。前述の主旨は生活指導の諸実践の中に混在された古い学級管理などの排除し埋没させるための生活適応の実践の批判によって生活指導の理論と実践の中に混在している体制理論の要素と反体制理論のふるい分ける課程となっている。これは自ら生活指導の運動が自助作用してきた学級管理型・生活適応型の指導が今日の特設時間の方法論として合理化されていると考えられる。

<参考文献>

·白井慎·花香實·古沢常夫 平成2年 「教育原理」 法政大学

·吉田辰夫·大森正 2009年 「教職入門」 図書文化社

·前田基成·沢宮容子·庄司一子 2007年 「生徒指導と学校カウンセリングの心理学」八千代出版

·岩本俊郎 1999年 「教育学への道 教育と自己教育」文化書房博文社

·岩本俊郎 1995年 「教育学 構想と展開」 エイデル研究所

·岩本・浪本 2005年 「資料 生活指導を考える」 北樹出版