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育課程論

戦後における教育課程(学習指導論含む)の性格の変化について一定の時期区分をして、それぞれの特徴及び それらを踏まえて今日の教育課程のあり方「学力」「学力テスト」「ゆとり政策」とは。

戦後、以降の教育課程の一定の時期区分の特徴は次の通りである。

第一期間
新しい実践を模索していた(1945~1950年代)

この時期は、戦後の憲法を基に機能しており、教育関係者が特に自力で試行錯誤し新教育運動としての教育実践がなされ、主に社会学の領域が活発であったものの敗戦直後ということもあり諸問題もあったが、地域と一体となり教育実践として生活綴方教育が挙げられる。

1950年代は農村復興が経済の土台でもあり農業に関する科学技術のニーズと教育が発展していった。しかし、1955年の高度成長とともに農村から都市へ労働力が流れの農村離れが見え、教育実践も農業分野か都市や工場に沿うように変化せざるを得なかった。

第二期間
高度経済成長と学力競争時代が到来した(1960~1970年前半)

科学技術の発展に伴い学力競争のニーズが高まり、国家統制が相互に関連し合って展開していった。

教育政策が「所得倍増計画」「人的能力開発政策」として経済政策に従属していった傾向が強く、企業は学力を重視するようになり、その背景として「全国一斉学力テスト」があり、短期的な行政指導が見られ、落ちこぼれの増加が懸念されるようになった。また、学習指導要領は「文部省告示」として、法的強制力が特質事項となる。この時期は、科学の急速な発展が教育課程に大きく影響していった。

第三期間
経済の低成長下の教育矛盾と展開した(1970年代後半~1990年代)

オイルショック以降の影響後、1975年を堺として階層格差が拡大し、海外との経済競争が顕著になり、企業の合理化と併せて、自己責任が強調されはじめていった。前述の経済競争が教育現場に影響し、様々な課題・問題点が表面化し、1970年代後半~1980年代前半に全国各地の公立中学校で校内暴力などが社会問題となったが、政府の対応は中途半端となり、以降深刻な問題として政府は直視せのざるを得ない情況に至る。この時期に文部省は受験競争に伴う学習の詰め込みを見直すための「ゆとり政策」への道をすすむことになる。

第四期間
新自由主義政策が展開された。

グローバルな経済が進みながら新興国の台頭により、国際競争に対応する学校教育の見直しが必要な時期となって政府・文部省の危機意識は次の通りの特徴を持ってきた。

①国際教育到達度評価学会(IEA)では日本の子どもの学力の低下が深刻化傾向にある。

②少子化が学力の低下をもたらす。

③世界競争で生き抜くための人材育成が他の先進国や新興国と比べると遅れていることが表面化し危惧されている。

前述の教育の危機を踏まえて、文部科学省は「ゆとり教育」を見直しせざるを得なかった。それが教育改革国民会議の最終報告と、それを受けた政府の「教育新生プラン」である。

教育新生プランの特徴は次の五つである。

①習熟度別学習(学習の階層化・格差化)。

②中高一貫教育を増やしていく。

③義務教育開始年齢の弾力化及び大学入試学年の撤廃。

④学習指導要領の上に発展的な内容を付け、学習内容の格差化を積極的に推進する。

⑤教育の公共性を大きく組みかえる。

以上は教育の階層化、競争化、また地域住民及び親の学校への参加の排除の可能性も示唆される。そして、国策の地域分権に伴い教育機能の地域譲渡に流れ、国の公教育水準の危惧など、様々な問題が山積しており、教育改革は現場の実践実態を十分に把握しながら進める必要がある過渡期にきている。

ゆとり政策について

児童・生徒・親・学校・地域社会にとって、人材育成を崩壊し、甚大な国益を損失したことが明らかになったことである。その原因は「ゆとり政策」を進めてきた文化科学省(寺脇研:文部科学者のミスターゆとり教育)g教育の様々な実態を把握せず、理想主義を重視し、机の上で考えたスローガンだったことである。

もともと、ゆとり政策は、知識を一方的に教え込むことではなく、子どもたちが自ら学び自ら考える教育への学校への転換を目指し、これを実現するために学校はゆとり教育環境で、ゆとりある教育を展開し、子ども1人1人が大切にされ、教員や仲間と楽しく学びあい活動する中で存在感や自己実現の喜びを実感しつつ生きる力を身につける。

特徴は、画一教育の見直しと教師、保護者、地域社会が連携して、生徒を教育していく仕組みづくりの2点である。

当時、中山文部科学大臣は、週休2日はや総合学習は現場に負担をかけないという報道がなされたが、当時の文部科学省の寺脇氏は次のような主張をしている。総合学習は教師の人間性に関するのだから、総合学習を無理だと投げることは「私は人間的に豊かさがないと言っていることと同じ」。また、画一教育については、「今の時代に企業で画一的な人材を求めているところは一つもない」、学校だけは画一的に教えようとするから、難しくなったり、子どもたちが窮屈になったり、「画一的な仕事=規定された枠」だけしか仕事しないことはありえないとしている。

前述の反論として、画一化教育は全てを否定するものではなく、特に集団的な事柄や公としては知るべき基本的知識は徹底的な画一化教育が必要な局面がる。社会秩序を維持するために重視する必要がある。総合学習は人間性を問われるとしているが、まじめに取り組めば取り組むほどに多大な時間と労力を要し、教師の負担は際限なく続くことになりうる。なぜならば、人間性には上限が見えないからである。よって、教師や学校などをサポートするカウンセラーや社会経験が豊富な人材が必要であり、総合学習を受けいれる仕組み肝要である。

現状のゆとり政策は、完全週休5日制を導入し、授業量も3割削減にされ、新たに独創性を伸ばすため総合学習が加わり、理想としては良いが、教育行政は、ゆとり政策を消化、吸収できない教育・子どもを育成し、ゆとり教育では知識や思考の低下、学級崩壊など増え社会問題化した。また、殻一教育は日本の教育がある一定基準になるために必要である。

新興諸国の台頭もあり、日本経済は深刻な遅れが表面化し資源の少ない日本の人材(教育)が他国との差別化の唯一の資源となる。日本の教育は伝統でもある{読み、書き、そろばん}のように基礎教育を向上させ、同時に自国の文化や歴史を熟知している人材が海外より評価れてるので、自国を表現できる教育が大切である。

<参考文献>

学校と人間形成 佐貫浩 法政大学出版局 2005年10月

ゆとり教育は本当に死んだのか? 根本浩 角川SSC新書 2007年10月

ゆとり教育が日本を滅ぼす 櫻井よしこ・宮川俊彦 ワック出版 2005年3月

教育原理 白井慎・花香實·吉沢常雄 法政大学 平成2年2月

教育入門 教師への道 吉田辰雄・大森正 図書文化 2009年1月

生徒指導と学校カウンセリングの心理学 前田基成。沢宮容子・庄司一子 八千代出版 2007年2月